「あがり」を克服する6つのテクニック

事で重要な場面を迎えた時、プレッシャーで身体が硬直し、期待するような成果を上げられなかったという経験をしたことはないだろうか。このような「あがり」を予防したり、あがった時にうまく切り抜けたりするためには、マイケル・フェルプス、ラファエル・ナダル、ウサイン・ボルトなど、世界の一流アスリートが実践しているテクニックが参考になる。

 深い専門知識や長年の経験があるにもかかわらず、肝心な時に身体が硬直してパフォーマンスが低下する「あがり」は、スポーツの世界ではよく知られている。しかし、仕事で起こる日常的なあがりが取り上げられることは少ない。

 ほとんどの人が、自分があがりを経験した瞬間を思い出せるに違いない。重要な顧客や上司、人前で話す時に、声が出なかったり、考えがまとまらなかったりしたことがあるだろう。

あがりとまったく無縁な人はいない。仕事での「あがり」を防ぐために、スポーツ界で確立された技術は、マネジメントの世界にも応用できる。

 

「あがり」の科学

 人が「硬くなる」時、身体は外部環境の何かに対して脅威反応を起こしている。その「何か」に当たるものは、人それぞれだ。仕事では、難しい会話、交渉、書類の山、あるいは人前でのスピーチなどがそれにあたるだろう。

 あがりという現象は、生理的には、身体が危険から身を守るモードに入り、コルチゾールやアドレナリンなどを含むストレス関連ホルモンが分泌された状態を意味する。それによって呼吸と心拍が上がり、瞳孔が開き、場合によっては汗をかく。

 人は脅威を感じるとワーキングメモリーが低下する。つまり、新しい情報を理解して行動することが難しくなり、ネガティブな感情体験を思い出し追体験しやすくなり、自然にできるはずの行動を意識し、考えすぎるようになる。

 あがりによって、その瞬間のパフォーマンスが低下するだけでなく、自信喪失、恥、罪悪感、恐怖の悪循環が起こるため、あがりを繰り返す可能性が高くなり、リスクを取ろうという気持ちに制限がかかる。カヌーのオリンピックチャンピオン、ルネ・ホルテン・ポールセンが経験したPTSD(心的外傷後ストレス障害)のように、長期にわたりメンタルヘルスに影響を与えることさえある。

 人が最もあがりやすいのは、個人の対処能力を超えた要求やプレッシャーが外部からもたらされた時だ。めったに発生しない、リスクの高い事態が起こった場合などである。また、プレッシャーは増さなくても、不安を覚えたり自分の能力を疑いだしたりするなどして対処能力が低下すれば、あがりは起こる。

 困るのは、要求と対処能力のバランスが、まったく無意識のうちに崩れることだ。つまり、自分では覚悟ができていると思っていても、無意識の脳はそう思っていない場合があるのだ。

仕事の大事な場面で力を発揮する方法

 大舞台を控えたアスリートのように、必要なスキルを身につけ、十分に練習したことを前提としたうえで、プレッシャーを軽減し、プレッシャーに対処する能力を高めるために使えるテクニックがいくつかある。それらを使うことで、最終的には磨き上げたスキルを目一杯発揮し、あがりを回避することも、乗り越えることもできるようになる。

 

 ●何度も繰り返しその場に立つ

 ゴルフの伝説的プレイヤー、ジャック・ニクラウスは、「頭の中でパットをミスしたことはない」という名言を残している。ある動作(左手を上げるなど)をイメージする時と、実際にその動作を行う時では、脳の同じ部分が活性化される。脳卒中などのリハビリテーションで、運動学習の向上にメンタルイメージが活用されるのはこのためだ。

重要な瞬間に過去の成功体験をイメージすることには、複数の利点がある。さまざまなシナリオに備えられるようになり、期待や感情をより効果的に管理できるようになるのだ。ビジュアライゼーションが、体力、精度、持久力を高め、緊急状態での不安を軽減し、コントロール感を高めることを示す重要な科学的証拠がある。

 仕事での大事な瞬間に備える際は、できるだけ鮮明に、詳細に、頭の中でリハーサルを行う。上司のオフィスに行って、昇給を願い出る時の映像や感覚を思い浮かべる。聴衆の前に登場する時、役員室に入る時、ステージに上がる時、あるいはズーム会議に参加する時、照明をどのように感じるだろうか。あなたが最初に口にする言葉は何だろうか。

 

●プレッシャーに耐える練習をする

 スポーツ選手は技術や能力だけでなく、プレッシャーに対処するトレーニングを行っている。2012年と2016年のオリンピックに向けて、英国チームが実施した精神力トレーニングでは、徐々に選手へのプレッシャーを高め、意図的にあがり反応を呼び起こし、それに対処する練習が行われた。

 一流のコーチは、競技における精神的、技術的、戦術的、身体的なストレス要因をつくり出すために、わざと普段の条件を不意に変える。たとえば、利き足が右足のサッカー選手に左足だけで練習させたり、予告なしに強い相手と対戦させたりする。

 スティーブ・ジョブズは、プレゼンのうまさだけでなく、練習量の多さでも知られている。リハーサルは、オフィスで一人で行うにせよ、カメラや人前で行うにせよ大切だ。緊張感を高めるために、見ている人に頼んで、わざとじゃまをしたり、否定的なコメントを言ったり、コンピュータの電源を切ってスライドなしで続けざるを得ない状況をつくったりしてもらうとよいだろう。

 

 ●パフォーマンス前のルーティンをつくる

 テニスの勝負どころでのサーブ、バスケットボールのフリースロー、サッカーのペナルティキックなど、スポーツ選手が重要なプレーをする前に見せる動作や発する一連の言葉など、時に不可解なルーティンには、非常に重要な目的がある。

パフォーマンス前のルーティンは、雑念を払い、その場に集中し、身体に叩き込んだスキルを「自動操縦」させる効果がある。仕事では、呼吸法のほかに、あるフレーズやマントラを繰り返し言う、特定の曲を聴く、お気に入りの茶を飲む、ストレッチを行うなど、短いルーティンを実施することにより、自動操縦が始まるまでの最初の時間を良好な精神状態で迎えられるようになる。

 満足のいくルーティンが出来上がったら、必要な時にそれをいつでも実践することで、築いてきた知識、技術、行動を呼び出せるようになる。また、ミニルーティンもつくっておき、自分があがっていると気づいた時に頼るとよいだろう。

 

 ●考えずに、ただ実行する

 その瞬間に考えすぎてしまう、いわゆる分析麻痺によって、自分を疑ったり、動作のあらゆる要素(ボールを蹴る時の足と脚の位置など)に集中しすぎたりして、それを意識の外に追いやれないことが、あがりの引き金になると、たいていのスポーツ選手が知っている。

 これを避けるために、レースや試合の数分前や数時間前に「セルフディストラクション」を行う選手もいる。音楽を聴いたり、本を読んだり、手を動かして何かをしたりすることは、頭を切り替え、プレッシャーをもたらす周囲の要素や思考から逃れる方法だ。

 マインドフルネスや瞑想は、その瞬間に注意力や集中力を維持しながら、周囲の環境を認識し、自分を保つ訓練になる。マインドフルネスや瞑想が、脳と神経系を落ち着かせ、不安を軽減し、パフォーマンスを向上させることが、多くの研究で明らかにされている。

 また、恐怖心について書き出すだけでも、パフォーマンスへの不安を緩和することができる。マインドフルネスのトレーニングは、企業でも人気が高まっており、パフォーマンスへの不安を軽減するのに有効だと示されている(実際に継続して利用する限りにおいて)。

●ストレスマインドセットを養う

 伝説的なテニスプレイヤー、ビリー・ジーン・キングは、「プレッシャーは特権だ」と言っている。勲章も受けたチャンピオンは、ストレスを「努力の賜物」と考えていた。「ストレスは自分を消耗させる」から「ストレスは自分を高める」へと発想を転換させると、実際に身体の反応も変わってくる。

 そうなるためには、今後緊張して心臓がバクバクし始めた時に、自分を落ち着かせようとしないことだ。身体は、その提案には乗らない。むしろ、自分はワクワクして、最高のパフォーマンスをするために気持ちを高めているのだと言い聞かせる。

ジョコビッチは、観客の大半が対戦相手を応援しているアウェーの状態では、「単に気にしないようにすることもあるが、それはかなり難しい。だから、よく言い換えるようなことをしている。観客が『ロジャー、ロジャー』と叫んでいても、自分には『ノバク、ノバク』と聞こえている」という。これは、自分が直面しているストレスがポジティブなものであり、自分を支えてくれていると、身体と心に言い聞かせる一つの方法だ。

 セルフトーク(「私はワクワクしている」と声に出す)や、ワクワクしていると自分に言い聞かせるインナーダイアログ(内なる対話)など、一見些細な戦略が、ストレスを集中力とパフォーマンスに向け、あがりを回避するのに役立つのだ。

 

●その出来事とあなたの恐怖心を合理的に解釈する

 自分のパフォーマンスの価値を相対的に捉え、予想する結果にパフォーマンス能力(や楽しみ)が押し潰されないようにすることが重要だ。

 そのためには、結果と自分のアイデンティティ(自分という人間)を切り離す必要がある。つまり、負けたからといってあなたが人としてダメなのではなく、勝ったからといってあなたが人として成功したのではない、ということだ。

 たとえば、2020年のアルペンスキー・ワールドカップで金メダルを獲得したララ・グート=ベーラミは、こう述べている。「これは1つの勝利にすぎず、人生が変わるわけではありません。もっと大事なことがあります」。

また、オバマ大統領が言うところの「長い目」で見ることで、大事な瞬間を合理的に捉えることができる。つまり、目の前の「危機」をリフレーミングして、大局的に――自分の価値観や長期的な目標などと照らして――見られるようになれば、1つの出来事の影響や重要性を最小限にできる。

 

 大事な場面で、あがりと無縁な人はいない。しかし、あがりを防ぎ、あがった時にうまく切り抜けるために、誰もが実践できる行動や思考法があることを、世界最高のアスリートたちが教えてくれる。

 

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