お客さまに対し、どんなときでも笑顔や気遣いを求められる。理不尽な要求に応え続けなければならない。偽りの仮面をかぶり続けて、自分が自分じゃなくなっていく……。もしも職場でそんな苦しさを感じているとしたら、それはもしかしたら「感情労働」が原因かもしれません。
近年、耳にすることが増えてきた「感情労働」どんなはたらき方なのか。なぜ苦しいのか。幸せにはたらくにはどうすればいいのか。
表に出す感情を常にコントロールし続ける「感情労働」
そもそも「感情労働」とはどんなはたらき方?
ざっくり言えば、人間の「感情を使って行う労働」のことで、「肉体労働」「頭脳労働」に続く3つ目の労働形態だといわれています。相手を特定の感情に誘導するために、自分の感情を加工する労働形態のことです。
つまり、「態度の悪い客が来ても、怒りを表に出してはならない」という風に、感情がルール化された労働スタイルだともいえます。そんな風にはたらいたことで、心身ともに疲れ果て、燃え尽き症候群になってしまう人も多いと言われているのです。
しかし、日本は「感情労働」という言葉さえ、まだまだ知られていないのが現状です。
――どんな職種に多い?
感情労働の代表職種は、サービス業や接客業の全般。それから、営業職、看護師、保育士、介護士、教員、フライトアテンダント、コールセンターのオペレーターなどが挙げられそうです。「その時々の感情を、別の感情に加工して表現するはたらき方」はすべて該当すると思います。
「上司の理不尽な要求にもグッとこらえて、笑顔で接し続ける」「場の空気を読んで、感情を抑え続ける」といったはたらき方も、私は広い意味で「感情労働」にあたると考えています。
――それはどんな職種にもありうる話。多かれ少なかれ、誰もが「感情労働」に携わっているんです。
世界でもトップレベルの“感情労働大国”ニッポン
――サービス業や接客業といえば、日本はトップクラスのクオリティ。世界と日本を比べたとき、「感情労働」の内容にも差があります。
たとえば海外を旅したとき、接客業の人がムスッとしていることに驚いたことはありませんか?でも、本当はあちらが世界のスタンダードであって、どこに行ってもきめ細やかなサービスを受けられる日本の方が稀なのです。
日本では、どんなに非常識な客であっても邪険にせず、誠実に対応します。だから、日本のサービス業のクオリティは世界一と謳われるわけですが、こうした低価格・高品質なサービスは、サービス業従事者に感情労働の負担を強いることで成立している面もあります。
とくに日本の場合は、「お客さまは神さまです」という考え方がいまだに根強く、客の立場が店員よりも強くなりがち。そうした点でも、海外より日本の従事者の方が過酷であるように感じます。
――日本では、なぜこれほど「感情労働」が常態化してしまったんでしょう?
大きな原因の一つは、日本経済の成熟によって市場が飽和したこと。必要最低限のものはみんなの元に行き渡り、もはや商品自体の「スペック」や「価格」だけではほかとの差別化ができなくなりました。そこで、次の競争力として「サービスによる差別化」が台頭したのです。
同時に、「お客さまは神さま」とする風潮もあったことから、日本は「サービス=0円」というガラパゴス化した道を歩みはじめてしまいました。
あなたは感情労働に向いているか?
――感情労働系の職業を選ぶ前に、チェックすべきことは?
感情労働は、一見やさしい業務に感じる方もいらっしゃるかもしれませんが、実際は常に感情をコントロールし続けることになるので、本当は専門職に近いもの。感情を使うことに耐えうる適性があるかどうかが、実は非常に重要です。
しかし、現在は人手不足で、なおかつサービス業の求人もまだまだ多いので、適性がないことに気付かずにはたらき始めてしまう人も多いかもしれません。結果として、うまく感情のコントロールができず、苦しむ人が増えているように思います。
――「感情労働」の適性の有無は、どのように見極めれば?
これまでさまざまなケースを見てきて、「向いている」と感じるタイプは2つあります。
一つは、仕事とプライベートをスパッと区別できるタイプ。以前、カスタマーセンターではたらく人に話を聞いた際、電話口で怒鳴りまくるクレーマーについて「珍獣みたい」の一言で片付けていて、まったく気にしていませんでした。家に帰っても引きずらず、趣味に打ち込むのが日課だとか。このように、淡々とこなせるタイプは向いているといえそうです。
もう一つは、理想の姿を追求するプロフェッショナルタイプ。高級ホテルのホテルマンに聞いた話では、宿泊客から無理難題を突きつけられるほど燃えるとか。プロとしていかに要求に応えるか、チャレンジするのが面白いのだそうです。
まとめると、前者のような「オンオフをはっきりとつけられるタイプ」、後者の「仕事に熱中してスキルを極めていくタイプ」は、感情労働に向いているといえそうですね。
――ここに当てはまらない人たちは?
もしかすると、感情労働には、あまり向いていない可能性があります。今、私の周りを見わたすと、幸せな形でキャリアを築いている人たちは、自分が向いていること、得意なことをしてきた人たちが多いように感じています。なるべく早いうちから向き・不向きを見極めて、自分がもっと「向いている」と思える分野に向けて、舵を切り直すのも一つの手かもしれません。
とはいえ、そもそも日本の「お客さまは神様です」という風潮や、“やりがい搾取”を行う企業が残念ながら存在すること、そしてサービスが0円だと捉える風潮があることなどを踏まえれば、向いていない人の方が多いはず。感情労働に従事する人の苦しみをなくすためには、社会全体が変わる必要があります。
――本当の自分とは?
嫌な仕事をやらざる負えない状況は大いにあります。しかし、たった一度の人生自分の笑顔を取り戻すために少し立ち止まり本当にやりがいのある仕事をしていますか?